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11月です

紅葉211月です。めっきり朝晩冷えるようになりました。
もうあとひと月ちょっとで今年が終るのか…、余り実感がありません。
関西は今が紅葉の盛りで、三年ぶりに奈良の友人に会いに行った浮御堂あたりも美しく色づいていました。
近所の箕面の滝あたりもいい感じでした。そういえば、いつも不思議なんですね、箕面の紅葉の天ぷら。ずっと店頭でおばあちゃんたちが揚げてるのに本日分売切れの札の店が多い…。あの天ぷらはどこに行くのだろう。
黄葉世の中には不思議なことがいっぱいあります。でもこういうことはあまり追求したり詮索しない方がいいのかな、と、思ったり思わなかったり…。
朝からずっと土屋文明関連の本を読んでいて、研究のためにはその背景は直に接していた人のものを重視するけれど、歌の解釈は独自性のある方が面白い。歌も背景ばかり詮索しない方がいい。自分なりに受けとって、そのあとについでに背景を知って見方を補強する位でいいと思ってます。まず背景に汲々としている評を見ると、私的にはなんだかな、と。歌会でもいますよね、やたら作者にお聞きしたいって人が。歌会の種類にもよるけれど、評者が歌に寄り添えばそれでもういいんじゃないの…、と。作者に聞けば聞くほど、背景を探れば探るほど、評は詩から離れていくような。(竹内敬子)

「青南」2015年2月号より 
 塩味の飴一袋買ひ帰る少しは力づくかとも思ひて            清水 房雄
 鳩の声をだからちゅうちゅうと聞き做して臥床に低く声に出しゐき    清水  香
 熱き湯に青菜を放つ一瞬を何の迷ひか泡立つこころ           佐藤 直子
 久しぶりの姉妹の会話の早口を吾は聞きゐる蟹ほぐしつつ        上柳 盈子
 遊牧民の出といふだけで何となく応援してる勝て逸ノ城         伊藤 和好
 一日をただ読み厨のドアを開くお玉杓子に当たる西の陽         竹内 敬子
 仏の座白詰草の咲き残る霜月の畑日の当たる畑             平野 明子
 繕ひし樋のあつむる水音のこころたのしくして今日の雨         堀江 厚一
 澄みわたる海色の空百万の鰯の雲は南をむきて             竹田志げ子
 帰り来て煮つつ厨に日記書く今日は静かに授業を終へしと        出口 祐子
 上になり下になりして泳ぐ鯉古刹の池の秋のみづおと          安達 正博
 寒波来し今朝の冷たさに靴下を重ね履きして町歩みをり         畑 佐知子
 文化の日耳に優しきぶんかのひ夫は仕事に今朝も出でゆく        平尾 輝子
 大根や豌豆菊菜はうれん草すべて芽を出し間引きて食べる        長坂 益子
 駅前に千の自転車犇めきてはぐれ蜻蛉が夕の日に消ゆ          井上由美子
 足腰の痛まぬ日には外に出て家の周りの雑草を取る           森 フサヱ
 陽のあたる面から黄色く熟れてゆくレモンは数多枝をたわめて      伊藤 章子
 庭隅の餅菜にしばし屈まりて今朝は青虫二匹捕りたり          石橋 光子
 夫は二粒われは三粒の薬のむ気付きし方が水汲みて来て         角谷 明子

10月です

アルカディア10月も終わりです。朝晩は寒いこともあり、今年の冬は寒いのでは?という感じ。
三年ぶりの特別歌会が8日・9日無事開催されました。欠席者もなく滞りなく終えることができ、本当に良かったです。心配だった堀江さんも1日目に出席され、全ての歌に評をいただけました。さすがの堀江評は聞きごたえがあり、皆さんの熱量も全体を覆い良い雰囲気でした。参加された方々、お疲れさまでした、いろいろとありがとうございました。
今後の青南の懸念について詳しくお話しでき伝えられたことは、先がどうこうという前に良かったのだと思います。今年で特別歌会という今まで通りの形式は最後になるだろうという気持ちで臨みましたが、終わった時には、来年もこのままいけるな、いくべきだなという感触でした。編集委員の気持は言わずに一致したところがあって会計と共に来年の予約もしました。
窓外個人的には歌会、懇親会通し、すべての進行を担っていたのでずっと時計と名簿を睨み計算ずくの2日が終って今年の仕事は全部終わったくらいの気分です。頑張ればできることはやればいいし、無理なことは無理と手を挙げる…それでいいのだと思います。できることはする、できないことはしない。目の前のことに力を尽くし、遠いことに杞憂一途で先取りししても仕方がないなと思えるようになりました。やはり対面で会えると違ってくるものがあるということでしょうか。(竹内敬子)

「青南」2014年10月号より
 かなしみの尽きざる花は雪柳人に告げ得ぬ思ひ出ありて         清水 房雄
 満月を見るのも久しぶりのこと雨戸を閉づる時に見つけて        清水  香
 借りし傘返さむとゆき長居してまた雨となる夕昏れの窓         今福 和子
 子供なきくらしも長き家の中ところどころの汚れ目につく        梅沢 竹子
 子は眠り米煮ゆる間のひとときを紙風船をつきて遊びぬ         戸田 紀子
 生きてゐる俺の気の済むだけなれど七回忌兄の墓を清むる        監物 昌美
 人はまだ目覚めてをらず蓮池の重なり合ふ葉朝露の玉          竹内 敬子
 仏壇の運び出されて壁に向き母の写真の立てかけてあり         古島 重明
 今日われは何をなすべき朝目覚め温き布団の中にしばらく        池田 幸男
 冴え冴えと上り初めたる月光になべて事無く過ぎしを思ふ        西谷 時子
 歩くだけは歩いて来ました三十余年夜の病棟も吹雪く野道も       横山 昭夫
 水玉のワンピース着てわたくしも風を切るやうだ草間彌生展       熊谷由美子
 昼間見し庭の黄蝶の黄の色が眠らむとする眼にありぬ          富田 陽子
 沖縄のサンゴの化石含まれし柱のささえる国会議事堂          田中 貴子
 夕立はすぐに止みたり緑なす山ふくらませ風渡りゆく          豊田房太郎
 香り強きカサブランカの五つ目の蕾少しづつ膨みてゆく         細矢理恵子
 窓しめて梅雨の遠雷聞きてゐる暗き昼間のひとりの思ひ         小久保基子
 宝石のごとく真赤に熟れしトマト捥ぎて夫と丸かじりする        中西 武子
 逞しくなりしと思う夜勤明けの孫は小さく口開け眠る          丸山 倫江
 野薔薇の花白きが匂ふ厨には独りの飯の炊ける香も立つ         岡村 敏子
 降り過ぎし雨かはきたる道の上ただしろがねの夕べの光         板橋のり枝

9月です

初雪蔓9月です。台風がこれでもかと続いて来ています。特に今「過去に経験のない」ようなという冠を付けられた大型台風が! 誰もが経験のないような被害に合われないことを願います。
近畿も昨日から強風です。晴れていたし、まだ遠いし、と洗濯物を干して買い物から帰ったら、ひと固まりになって幾つかはハンガーから落ちたりハンガーごと飛んでいたり…。近畿接近は三日後のはずなのに。そう思うと待つのも長いな…。近所の方も連休に出かけるのを取りやめたと、浮かない顔でした。
次の連休は東京で特別歌会の準備ですが、天候には抗えないので、何もなくおさまっていてほしいと思っているところです。(竹内敬子)

「青南」2016年11月号より 
 何の事かと思ひて聞きて居たりけり暑き一日を心彷徨(さまよ)ひ    清水 房雄
 気がかりな野牡丹の様子聞きたるに立ってゐるよと素っ気なく言ふ    清水  香
 酸素カート押し来て息を継ぎゐるを見てゐし女杖ひきて去る       伊藤 安治
 夕暮の雑木の山にとびぬけて高き一本の杉の交れり           逸見喜久雄
 丸屋根の回教の塔青き葡萄明日をも知らぬ老のあくがれ         今福 和子
 死に時と思ひし幾度かありたれど生きて面倒かけてをります       堀江 厚一
 ただ一つ取り残したる柚子の実を夏至の湯船に浮かべてみたり      豊田 純子
 若き夫婦或は日傘の人ら行きラベンダーの花にしづかなる風       佐々木良一
 人も来ず電話もかからぬこの日暮れ立つ面影の常に若しも        高木  正
 気後れとためらひの中に漂ひて可哀想なる私の本音           戸田 紀子
 唐黍の雄花に風の吹き通りいのちの花粉とめどなく降る         根本  正
 つんつんと捩花芝生に日毎伸び刈らるるまでの幸せにゐる        牧野  房
 穂は長く垂れ初めにつつまだ青き峡田にほへり暑き八月         尾形 冴子
 背の痛みそこではないと言ひ出せずやみくもなりし夫の手のまま     長田 光江
 今朝もまた仲良し雀か見上げたる子供のやうな夫の呟き         瀧本 慶子
 樟の木陰の地面に腹をあて涼みてをりぬ八月の鳩            竹内 敬子
 電池替へ動き始めし古時計郭公の声にて時告ぐるなり          長弘 文子
 子と我の暮しを隔つ半間の廊下の向うにカレーが匂ふ          松家 満子
 大き冬瓜もらひ来にけりやうやくにわが為に煮る日々となりたり     伊藤登久子
 亡き夫の選びてくれし帽子なり折々に出し眺めてはしまふ        海野 美里
 クーラーの効き過ぎてゐる理科室に熱き緑茶を両手に包む        出口 祐子
 

8月です

ひまわり1残暑お見舞い申し上げます。
なんとか暑さの山場を越えたでしょうか。35度以上の日が続きましたが、若干下がったような気がします。とはいえ急に降ったり照ったりと激しく変動する天候に、振り回されています。
特別歌会の準備や、そろそろ始まった来年の誌面の準備になにやら追われています。まあ暑さとコロナのせいでほとんど家にいるので思ったよりはかどる、ということもあります。まあそれはそれで、これなら明日でもいいか、とか思って急に無為に過ごして、また時間に追われたり…。馬鹿な時間の使い方をしているようです。どうもぴりっとしませんが、なんとか夏を乗り越えられそうで、まあよかったかなと思います。とりあえず今日は、特別歌会の詠草一覧の校正を、と思っているところです。(竹内敬子)

「青南」2015年10月号より 
歌詠むを生涯の大事と思ひゐし此の錯覚の何ゆゑならむ         清水 房雄
時々に机の上にのぼりくる小さな蜘蛛は少し太れり           清水  香
その前の時代を知れば戦はぬままに過ぎゆくことを願へり        伊藤 安治
丸々と太りパセリを喰ひつくし今朝青虫の行方知らずも         今福 和子
子育てと同じだなあ隠元のつかまり損ねし蔓なほしやる         根本  正
大阿蘇の思ひ出遠く草千里広々とせる大地に立ちき           谷河八千代
薔薇園の花の高さに押されゆくはじめて園に乗る車椅子         上柳 盈子
午前五時明けそむる空を鳥はゆくひとつ行き二つゆき三つは行かずも   小林喜代廣
山手線見えなくなりて日傘差す御婦人一人坂のぼりくる         伊藤 和好
なるやうになるとのみいひ鉛筆の削り屑捨つ確かに木の香        竹内 敬子
どこからか祭り太鼓の音すれば我はいつでも飛び出す構へ        谷生美砂子
三日前の作業一々思ひ出しくり返し探す小さき箆を           角谷 明子
籠りゐる部屋より眺む台風の去りたる街に朝の陽の射す         竹田スミコ
ひつじ草水面に光るはつ夏の我の心を風渡りゆく            佐々木容子
ギッコラギッコラ畠に通ふ道遠しわれも自転車も古りてしまひぬ    佐々木知津子
山深く筒鳥のなく声聞けばここにわれありと思ふ心よ          三輪 武士
炊き立ての飯に玉子を割る音にありがたうの聞こゆる暮らし       西谷 時子
おしゃれして颯爽と来し妹は桜ん坊置き帰りゆきたり          前島沙江子
家島の古き町並道細く角を曲がれば猫の寄り来る            中津留初枝
窓近き山茶花の木に連立ちし雀見えしは束の間のこと          三枝 笑子

7月です

緑地の蓮7月です。暑いです。
今年は梅雨がないといってもいいくらい短かったですね。とはいえ雨が大量に降ったところもあり、結局いつもの梅雨のように水の害があったりして何とも言えない気持ちです。皆さんはご無事だったでしょうか。嫌な事件もありコロナも第7波とか…、夏の空とはうらはらにもう何かずっと黒い薄物に覆われているような感じで、何につけすっきりしない感じです。
緑地の蓮2でも気持ちを変えて! 特別歌会の申し込み締切りは過ぎましたが、気持や都合の変わった方はいつでもご連絡下さい。融通はつきます。私は詠草のまとめ等担当していて、これからそろそろ準備に入るところです。皆さんのご投稿お待ちしております。
長く厳しい夏になりそうですが、どうぞ皆さんくれぐれも暑さに気を付けて乗り切ってくださいね。(竹内敬子)


「青南」2015年8月号より
 歪みたるままに鴨居にかかる額漸く直す気になりて立つ         清水  香
 紐つけし眼鏡は妻の母のもの出でくればこれもわが使ふべし       伊藤 安治
 湧くごとく山々は萌え膨らめり良きときに来て今日友に会ふ       逸見喜久雄
 いぢらしと見し小判草道端に日に日に熟れて金にかがやく        今福 和子
 ドローンと心は化して故里の野山の上を今宵も飛行す          山本 吉徳
 傘たたみ小さきビルのエレベーター見知らぬ人と乗り合はせたり     戸田 紀子
 朝霧の晴れゆく谷の寂かにて君丹念に眼鏡拭きゐる           高木  正
 泰山木の大き葉蔭の下に居て今日はとことん眠くてならぬ        竹内 敬子
 ふかひれを浮べてひとつコップなり友ありかかる一夜あるなり      堀江 厚一
 カート押す吾に優しき人多し心ゆたけく夕日をながむ          金井 容子
 あの世から頑張るわれをみてるだらうか父の遺品も少なくなりぬ     森元 輝彦
 萌え出でし雨後の蕨のやはらかし羊歯を掻き分け摘みてゆくなり     丹  亮子
 小学生に『ビルマの竪琴』読み聞かせ共に泣きたり昼の休みに      南 美智子
 水替へを怠り死なせし金魚二匹桜の根方に深く埋めたり         花田 順子
 ひもすがら青一色の空と海体の芯まで青く染まれり           加瀬 雅子
 園児らの声のひびきてこの朝小さき頭を陽が照らしたり         西本すみ代
 床の間に鯉の掛軸かけ変へて具足を飾り曾孫を待ちぬ          大本 栄子

6月です

色紙6月です。
東京はもう梅雨入りしているようですが、大阪はまだで、このところ初夏、いや夏といった感じの毎日です。
今福さんに土屋文明先生の書かれた色紙をいただきました。お宅に伺ったときに書いていただいたとか。裏に59.9.19とあるので昭和59年に先生が文化功労者となられた折りのことでしょうか。この2年後に文化勲章を受章されています。調べると昭和53年の「短歌」7月号に掲載された〈花に寄せて〉31首中の1首で「青南後集」に載っていました。
  唐崎の松の実生えをいつくしみ花咲く松にもあはむとぞする
「唐崎の松の実ばえ」は若いアララギの人々のように思われた、と今福さんは言われました。(竹内敬子)

2016年10月号より
歌詠みが歌詠むさまを歌に詠む何とも不様と思ひながらに       清水 房雄
温度感ヘルパーとわが異なれば窓あけ放つ部屋に飯食ふ        伊藤 安治
かたまりて紫色の濃きすみれ引返しきてまた吾は見き         逸見喜久雄
たかぶりし心をさまる時にわれこの国にゐて朝のパン食ふ       堀江 厚一
安まりはまだ日のささぬ朝の庭引きゐる草にものを言ひつつ      梅沢 竹子
天ざかる富士の遠嶺を見はるかす空しきものはすでに捨て去り     森田  溥
午後の日の暮れゆくひかりしんしんと身に抱きつつ別れ来りぬ     瀧本 慶子
一句二句こぼれたやうな気配して立ち止まり拾ふ吾が内の声      竹内 敬子
夏服の左ポケットにガムひとつ一年前のことは茫々          監物 昌美
庇より入る月光のもとに寝るメモ幾度か取りて眺めて         伊藤登久子
蒸し暑き畑に夕べの風立ちてキビタキ澄みし声に鳴き出づ       山本 靖彦
元気かと誰かの声がしたやうな雨降る午後の一人の厨         平尾 輝子
看護師の優しき言葉今日も聞く心に留めて夕べ臥しをり        福島 五月
ゴンドラのともし火見ゆる安達太良山闇の深まる空の果たてに     佐藤テル子
わが身には派手になりたるペンダント雨に籠れるひと日の胸に     鈴木八重子
おとうさん頑張りすぎはだめですよ草刈る吾に妻は言ひたり      豊田房太郎
これしきの坂に自転車下りて押す紫の花イヌフグリ咲く        古島 重明
家族の会話の中に入らむと補聴器付けて食卓につく          横田 時平
熱い熱い茹卵口に頬張りて何か幸せな心地するなり          小野 京子 

5月です

睡蓮朝晩は少し冷えますが、日中は暖かいから、少し暑いかもという日もあるようになりました。梅雨前のしばらくの爽やかな時を満喫したいもの。
短歌は五句三十一音の定型詩。この音数で表現するのは言いたいことがそこにあるから、のはず。清水先生は「なにもかもは言えぬからせめて一つだけは言う」と、その「せめてひとつ」を焦点、山場と都度言い変えていらした。選歌のおりに、その「せめて一つ」たったひとつがわからない歌が多くなった、と言われていましたが、それももう15年程前のことです。さて今は…。(竹内敬子)

 2016年9月号より
外食は何時もの店にてスパゲッティ僅か歯応へ有るも親しく     清水 房雄
昼寝より覚めたる時に調子よく隣家より包丁叩く音せり       清水  香
早く効くリハビリもあり靴下を容易に穿けるやうになりたり     伊藤 安治
テレビ映像切りて静かさ果なき夜みづからの息きこゆるまでに    梅沢 竹子
帰り来し母と幼子階下にて交はす言葉のしばらく続く        伊藤 和好
朝明けの光をあびて沖を行く船一隻が視界より消ゆ         副島 浩史
一両に乗客ふたりことばなく朝もや深き県境を越ゆ         森田  溥
来る人も無しと思へど門灯を宵々ともす独りの暮らし        井上由美子
花あれば車を停めて歩きゆく木々のあひだに路つづきゐて      河野 政雄
大き出刃を買ふは最後か丹念に刃先見てゆく工房のなか       佐藤 昭子
一切の命の時は終りたり音立て倒る胡桃一本            吉沢 真理
帰り遅き子らの皿にはラップかけ夫と二人の夕餉はじむる      角谷 明子
二枚の田トラクターにて耕して満足さうな九十の父         板谷英一郎
今日ひと日何をせしかと思ひつつ五行の日記埋められず閉づ     村重 広子
見てゐても未来の変るわけもなし燕の帰巣そら豆の発芽       釜野 清信
いつよりかインスタントのラーメンを食べる女に成り下がりたり   水越 みち
御喋りのおかめインコの亡くなりて寺の廊下は又しんとなる     山口  悠
一斉に朝開きたるサボテンの夕べ萎みて再び開かず         東倉紀美子
野あざみの花は終りて綿毛となりどこまでも風に吹かれゆくなり   堤  雅江
帰りゆく息子の姿消ゆるまで窓辺に立ちて吾は見送る        吉田 寿美

4月です

先生御墓4月です。
3月に編集会議のために東京に行きました。翌日、伊藤さんにお願いして土屋文明先生のお墓参りに連れて行っていただきました。編集会にはお出になられない堀江さんともご一緒できました。堀江さんが思ったよりもお元気でとても嬉しかったです。お話もたくさんできました。
慈光寺境内お墓には堀江さんのお庭の馬酔木と橙をお供えしました。これは皆さんご存知の橙ですね。先生の青山のお庭のかぐの実は土屋文明記念文学館に、そしてそこで採れた実をいただいた堀江さんがその種をご自宅に蒔き、生長したものです。
慈光寺の境内を行く堀江さんと編集員の後ろ姿!(竹内敬子)


2015年7月号
諸行無常万物流転もそれはそれ今日より吾はつくもの齢         清水 房雄
先程のニュースの事を気にしつつ滑りの悪き雨戸をとざす        清水  香
マンションの向う側すぐ木蓮がいま盛りなり見て来よといふ       伊藤 安治
思ひきること出来なくて過しゐるわれをめぐりて夕光濃くなる      梅沢 竹子
水切りの石を投ぐれば春かすむ磐梯山は湖水に揺ぐ           根本  正
伸びすぎし髪切ることも生涯の終りなるべしあらあらかしこ       谷河八千代
箱根山遠くにかすみ風寒きこの駅にひとり乗り替へを待つ        嶋 富佐子
だらだらと日の過ぎてゆく故里の暮らしも言葉にならざる一つ      伊藤 和好
暁の日は差しそめてビルの壁美しきものとしばし見てゐつ        小林喜代廣
半身を見せて清しき岩手山休火山なりと習ひしままに          瀧本 慶子
濡れるといふ感じのなくて頬に受く明るきままに降る春の雨       竹内 敬子
面白くもない顔をして歩きゐる今日は犬にも人にも会はず        堀江 厚一
栓をせしか否か忘れて勤行の半ばに風呂を覗きに行けり         三輪 昭園
さくら咲く胸の中にも記憶にも今生よりも鮮やかに咲く         吉沢 真理
はて何を見るのであったか電子辞書を開きて聞きゐる耳鳴りの音     横山 昭夫
人通り多きこの街いつ来ても坂を上りて坂を下りて           伊藤 章子
燃料を使ひ切るまで草刈りし機械を下ろし身体を払ふ          福本 和夫
芽吹きゆく光と影と柔らかに山は楽しも畑に働く            松下日出夫
二十分厨に立てば三十分炬燵に休みきゃら蕗を煮る           外園 治子

3月です

香ぐの果3月です。
暖かくなるかと思えば、急に冷えたり、気温が安定しませんね。梅が咲き始めたと思ったのですが、足踏みのような感じです。
突然に日常を奪われた人々のことを思い、三度目のコロナ禍の春を思い、日々がもやもやと不安です。
過去の本誌を見ていて、なるほどねということがあまりに多くて、ちょっと再掲したくなりました。悲しいかな、これを読むだけで今の私たちのレベルが落ちてしまっていることがはっきりわかります。(竹内敬子)

2001年6月号 「ひと言」より
鈴木登代
選歌を終って、見直してみると、同じ様な題材の歌が二首あって、出来ばえとしては、どちらも大差ない作のように見えた。
 A 咲き初めし西洋桜草の花濡らし冷たき雨の一日降りたり
 B 姉よりの電話にさそはれ桜草持ちて雨の日尋ねて行きぬ
しかし、選はAをとっていて、Bを没としていた。読み直してみると矢張りAの作の方にどこか手応えのようなものが感じられるのである。内容はどちらも桜草と雨をうたっているがAの場合作者の目は真っ直に桜草に向き、桜草に対する自分の気持を表出しようとしている。この「冷たき雨」は写実であると共に作者の気持の強調でもある。Bの場合の主題は何であろうか。姉を尋ねる喜びなのか、姉と自分とのやさしい交流なのか、どちらにしても桜草と雨はアクセサリーであった。内容としてはAより複雑なものを持っているのだが単純化が必要とされるのであろう。

柴田小夜子
落とされる歌というのは、発想や物の見方が類型的であったり、つじつまが合いすぎて当り前になったり、一首の中で結論を出してしまったりしている事が多い。推敲すれば作者自身発見出来よう。

2月です

冬の花壇2月です。
節分、立春、春はもうそこ、と思いたいですが一段と寒い日が続いています。
また感染者が増え、三回目のワクチン接種をということが連日言われ、そんな最中に冬季オリンピックが始まりました。さてこれを明るいものと見て過ごすのか、遠い出来事として見るのか…。
とにかく普通に静かな毎日に早く戻れることを願うばかりです。なんてことも2年言い続けて、言葉にも気持にももう何も籠ってないのじゃないかと思ったり、という今日この頃です。
でも、こちらは籠めて、コロナに関し豪雪に関して、皆さんのご無事を祈ります。(竹内敬子)

2007年5月号より
本当は何が写生か分らない分らなくても歌はうたへる       堀江 厚一
合唱の名残りの歌かハミングの妻は寒月のかげわたりくる     森田  溥
杉林にひびく鎌音聞きながら下刈る夫の在り処たしかむ      尾形 冴子
雪降れば雪降る哀しみ雪降らねば降らぬかなしみここは雪国   佐々木知津子
わが顔に似たる五百羅漢のある筈と頭撫でつつ行き戻りする    高橋 恵一
「毎日何してゐるの」とまたも問はるどんな応へがお望みですか  渡辺  涓
暖かき日和の梅に集ふものメジロシジュウカラヒヨドリまた我   伊藤 和好
宝物預るごとき思ひにて吾ら迎へぬ産後の子と孫         久保  芳
一人老いて我が老いの日々よたよたと時には軽く口笛を吹く    牧野 博之
庭の樹を飛び立つ大き鳥の影見定めて寒く炬燵に戻る       大島 健治
蕗の薹苦きも何か好ましき採ればまた萌ゆ春のさきはひ      中野  杏
ふはふはと降りつぎ止まぬ牡丹雪われに新しき言葉うまれよ    辻 百木夫
雪囲ひ解きゆく指先あたたかく庭に二月の光明るし        西谷 時子
海が見え海の向かうに岬見え何の不足もなくて寂しき       滝  朝江
土もたげ庭に萌えたる蕗の薹二つ三つ四つ一つだけ摘む      生田 芳正
「いい花が咲くぞ」と父が植ゑくれし椿の赤きつぼみふくらむ   杉浦 彰子
霜光る覆ひの藁を片寄せて掘り出す里芋とがる芽を持つ      貴田ミチ子

Appendix

プロフィール

青南短歌会

Author:青南短歌会
編集兼発行者:伊藤 和好

埼玉県さいたま市
mail : seinan2010@gmail.com

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